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2017年10月9日月曜日

白洲正子


美しいものをわざわざ見に行ったりするのって昔は大好きで、お金もかけていたんだけど、だんだんどうでもよくなってきてるというか。たくさん見たからもうおなかいっぱいなのか「自分で考えたらよろし」みたいになってきていて、わざわざ行かなくてもどうってことないな、と体でわかってからは、積極的には行かなくなってたんですよね。たまには行くけれども。





久しぶりに白洲正子の世界をのぞいてみたら、やっぱり「見る」ということが大事なんだわ。美しい世界だけに言えることじゃないけど、見て、知るということは考えるきっかけになるし、発想につながる機会にはなるなあ。と思ったのでした。

昔はそんなことばっかりやっていたけれど、けっこうエネルギーの要ることだったんだなあと思うんですよね。たべるものと寝るところがあればよし、みたいに究極なっている今、たくさん求めてないし、なくても生きてはいけるんだけど、ときどき触れるのはいいし、映画でも旅でも「見て知る」ということが好きであることは変わってないと思います。





2017年9月19日火曜日

敬老ギフト問題とその周辺


まわりが歳とってくると、考えることも変わりますね。敬老ギフトを見に行ったりしてたんですが、いつもギフトを送ってるんだけど、去年とはぜんぜんちがうことを考えて選んでいる自分がいました。

いつも、だいたい和菓子だったんですが、まず、和菓子は日持ちがしない。認知症と超高齢のふたりは、宅配を受け取ったら放置して忘れてますから、これからはもう日持ちしないものは送ったらダメ。去年はまだ、そんなことは考えてなかったんですけど。





で、えびせんべいとか、デパートにいくつか店が入ってますし、日持ちも3~4か月なのでそれにしよかなと思ったんだけど、歯がねえ。固いもの大丈夫なのか?と思うと、これもダメ。

忘れるんだったらもう送らない選択も考えたんですが、なにもしないでスルーするわけにも・・・・・と思ったから結局2日間くらい検討して、あんこを練りこんだフィナンシェと、日持ちしそうで固くなさそうなお菓子をいくつかをチョイスして箱詰めしてもらいました。

以前は絵手紙の生徒さんが来たりして、お菓子を出したりする機会が多かったので多めに送っていましたが、いまはそういうこともないんだろうなあと思うし、箱もお菓子代も小さいです。にしては、送料が大きかった(笑)。でも、会いに行く交通費代わりと考えたらぜんぜん安いです。





台風が来ていたから敬老の日よ早く着いてもかまわない便でお願いしたんだけど・・・・・。敬老の日を過ぎましたが、ふたりからとくになにも連絡ないですね。ああ、やっぱり忘れちゃったか。以前は受け取ったら必ず電話あったんですけどね。

こっちからかけてみようかとは思うけど、ひとつ嫌なことがどうしてもあって、電話から遠のいてしまう。祖母だけと話すのだったらいいんだけど、祖父にいろいろ、子供がいないで生きてる人は生きる意味がないだとか、言われるのがほんとうに嫌なんです。

それで電話しにくくなる自分の懐の狭さについても、考えることはあるのですけど、昔はめちゃくちゃおもしろいおじいちゃんで大好きだったので、どうしてこうなったんだろうって最近よく思う。





それにしてもこの発言、いろいろなことを含んでいますよね。わたしに言うのはもうしかたないとして、こういう発言で多くの傷つく人がいることとか。

これは言ったらあかん発言だろうとわたしは思うけど、世の中の多くの人はまだまだこう思ってるんだろうなあとも思うし。そう思うとこわいんですけど、言われて嫌ということは、どこかで自分もそう思ってるからかもしれないし。

年寄りじゃなくてもこういう考えをふつうに言う若い人にも会ったことがあるので、無くなることはない考えですよね。そういうもんですね。

「わたしたちはこの世を見るために、聴くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、わたしたちには生きる意味があるのよ」

映画「あん」のなかで、樹木希林演じる徳江さんが語っていた台詞。徳江さんが作っていたあんこ、たべてみたいなあ。





2017年9月4日月曜日

どうでもいい


パソコンを買い替えたら、いろいろめんどうな移行作業やインストールし直しだとかがあるし、キーボードの感触がちがうので、打ちにくいです。

画像処理のツールを再インストールして思ったんですけど、もうそういうの、無しにしてもいいのかも。互換性があるとかないとか、めんどうだし。あれもこれもっていうのとは逆方向に、小さくしていきたいです。

一眼レフで写真を撮ることは好きなんですが、むかしはスマホなかったし、いまはスマホできれいな写真が撮れるんですよね。それでも一眼レフのほうがきれいだけど、そこまでクオリティ求めなくていいんじゃないかな。って思ったりします。といいつつ、一眼で撮るんですけどね。





最近つくづく感じているのですが、どうでもいいことが増えた。どうでもいいことが増えたってことは、どうでもよくないことが明確になったということでもあるので、それらにエネルギーを使いたい。

少ない友人と会うことは、どうでもよくないことのひとつです。人脈を広げて、さらに上をめざして、みたいなのはもういいですね。前は、やっていたんだけれども。やっていたから今そう思うというか。

自分がしようと思うことをするし、必要だなあと感じたことは、調べるなり取り組むし。それで成り立っているので、人がやっているからわたしもしておかなくちゃっていうのは、ない。





今、しごとのためにブログを書いているわけではないので、ブログをすることについても考えるのだけど、二十歳のころからブログがあったし、ある環境があたりまえになっていると思ったんですよね。

でも考えてみれば、ブログをしていないといけないわけでもないし、何かを発信しないのは何も考えていないのといっしょというわけでもないし。言葉にすることを大切にしてきたけれども、言葉にしない賢さみたいなものも、あるのかなって思います。

だれかに知ってもらわなくても、わかってもらわなくても、自分でわかってればよろし。というフェーズに来たというか。淡々と、地味に暮らしたい。

人の反応に満足のポイントを置くと、きりがないし、左右されるし、人に満たしてもらおうとしていますよね。自分で自分にオッケー出したら、人に求めなくなるし、どうでもよくなります。

みんな発信しているからこそ、ネット上に参加するのをやめてみるというのもアリかも。するとどうなるのか?と考えたりもします。





2017年8月20日日曜日

都会っ子?


お盆は義理父の生家がある田舎へ、2日つづけて日帰りし、義理母の生家にも行ってきたんですが、これまでのお盆とはちがうことがいろいろありましたよ。

夫は、何時間も田んぼの草刈りで、汗と草と泥でドロドロ。義理父が倒れてから何度も草刈りに帰っていた彼ですが、わたしは免除されていたので、見たのは初めて。

草刈り機って、草の破片とか、けっこうな距離と鋭さで飛んでくるんですね。ピュン!って顔に飛んできて、こわい!って初めて知りました。


オクラの花


















で、女性は草刈りしないみたいですから「明日、遊ぶもん持っておいで」って義理母に言われたんですよ。真に受けて、なわとびと本を持って行ったわたくし。

でも、なんか皆さんずっと動いており、わたしも掃除機かけたり、家の外を竹ぼうきで掃いたり、仏壇前に並べたり・・・・・。やさいの収穫は、おもしろかったです。


いんげんの花


















刈った草の残骸とか泥を、義理母と義理妹が、クワ(いや、スキ?わからないです)で清掃していくんです。そういう作業があるのか・・・・・。わたし、そんな経験したことがないのです。いやー、皆さんほんとうによく動く。家族の結束が、なんかすごいのですわ・・・・・。

結局、なわとびと本が取り出されることはなかったです。ははは。そんなもんですね。





わたしにも「田舎」と呼んできた、祖父母が暮らす家があるんですが、夫の田舎の家に行くと、わたしが田舎と呼んできたあそこは、ぜんぜん田舎じゃないわ!と思う。

車がふつうに行き交うし、信号機あるし、大きいスーパーもあったし(なくなりましたけど・・・・・)、家の外に出たら人がいるし。山に囲まれてはいたけれど、あれは、田舎のなかではそこそこ町だったんだわ。

祖父母のところへ行ったら、祖父母とおしゃべりして、川や山に遊びに行って、本やさんへ行って、買った本に没頭して・・・・・。行き帰りの新幹線の旅は、きれいなワンピースなんか着て・・・・・。そんなだったですよ。

わたしって都会っ子だったんだなって、しみじみ思いました。





2017年6月27日火曜日

藤井四段を見て、14歳のときどんなだった?


藤井四段の29勝がかかった対局に、わたしもそわそわして途中の様子を伝えるニュースを目にしたりしたんですが、真上からいまの状況の将棋盤が映し出されるだけで、将棋のルールを知らない人が見たら、さっぱりわからないんだわ・・・・・。気になるんだけど、あれを見て、自分は見てもわからないんだったって無言で固まってました・・・・・。

将棋のルール、知ってたらおもしろいと思うんですけどね。チェスも、知ってたらおもしろいと思うんだけど。映画のなかでチェスのシーンがでてくると、知ってたらもっとこのシーンの意味がわかるのに!って思う。でも、いまから勉強するにはむずかしそうだわ・・・・・。

藤井四段を見ていて、14歳のとき自分どんなだった?と思い出すと、映画と「ファッション通信」と洋楽の世界にのめりこんでましたねえ。

それから、缶紅茶「ピコー」が好きで、登下校時よくのんでいたし、あのCMが好きで、ピコーの広告を雑誌から切り抜いてノートに貼ったりしてましたよ。メイド服の外国人が「ピコー」って言ってするポーズ、それに歌。いまも覚えておりますわ・・・・・。紅茶花伝っていうのもありましたねえ。





写真は、先月のうちのバラ。はじめは小さいポットだったのが、今年はなぜかいっぱいつぼみをつけましたよ。



***



みつけましたよ!ピコーCM。でも・・・・・。





あら?メイド服じゃないわ?わたしボケたか・・・・・。





2017年5月31日水曜日

歯科モンダイ


歯医者ってどうしてこんなにたくさんあるんでしょう。引っ越してきてからどこの歯科がよいのかわからなくて、虫歯にでもなればどこかに行ったんでしょうけど、ならなかったのでずっと行ってませんでした。

でもさすがに検診行かんとまずいだろうと思い始めて、行ってみたんですが、衛生士の女性に怒鳴る男の先生・・・・・。いやな職場だなあ・・・・・。ああ、もう帰りますって言おうかと思ったくらいでしたよ。こわくてとどまっちゃいましたが・・・・・。





怒ったらいいと思っている人の感覚がわたしはわからないですけど、怒鳴って相手を委縮させることで自尊心を保っているんでしょうか?

患者のいないところでやっていただいたら知らなくて済むんだけど、目の前でやっちゃうところに自制心の無さが見えてしまうし、この異様な雰囲気を患者に味わわせることをなんとも思わないのかな?という疑問をもってしまいました。初めて来た人は、たぶんみんなビビると思う。なにこの展開・・・・・って凍りつきましたもん。

でも、わたしの歯に対する診断や指導は、しっかりしてくださったと思うんですよ。いままで通ったやさしい歯科よりもいいのかもしれないと思ったくらい。口がわるい人なだけなんでしょうか?いや、でもなあ・・・・・。

医者は客商売だと言う人がいるけど、飲食店で考えてみると、あそこね、料理だしてくれるしまずくはないけどね、店長がスタッフに罵声浴びせてて雰囲気わるいよ、みたいな感じでしょうか。そういうところにお金を払いたいかどうか?自分の体の一部(歯)を差し出すのかどうか・・・・・?

これから5~6回通うことになりそうなんですけど、初回レントゲンやらでけっこう払いましたし、ひととおりのクリーニングだけはこのまま通って済ませてしまおうかと思うのが半分。よそに行き直そうかと思うのが半分ですね(費用かかりますけど)・・・・・。こういうとき、ママ友ネットワークってありがたいんだろうなあ。実際に行ってる人の紹介って大きいんだわ。

決めるのはわたしなんだし、ここでお世話になると決めたなら、それ以上文句を言ってはいけないと思うんですよ。次回の予約をしてきてしまったので、それまでに決めないといかんです・・・・・。ああ。





2017年5月24日水曜日

メロン事件


いま考えてみても、あの人が言ってたことは理解できないなあと思う経験って、だれでもあるんだろうけど、そんな経験のひとつとして思い出されるのがメロン事件です。

実家から車で30分くらいの場所で暮らしていたころ、自転車で外出していたら母から連絡があって、美味しいメロンをあげます、弟にもたせて車でわたしの家に向かっているから受け取るようにと。そのため家に帰ることにして自転車で走っていたら、大雨が降ってきて、バス停に駆け込んで雨宿り・・・・・。

傘を買えそうなコンビニも見当たらないし、家まで自転車で10分くらいのところにいたけど、どしゃぶりだったんですよ。母はメロンの手渡しを要望していたので、困ったわたしは、バス停で受け取ろうと考えました。で、事情を説明して弟にバス停に来てもらえないか、母に伝えたんでした。すると、炎上・・・・・。

あんたは弟の時間を食っている!って言葉が、いまでもわからないですね。わたしはメロンを頼んでないし(もらったら嬉しいけど)、帰ろうとしてるんだけど帰れない。そういうことなんだけど、それがどうして弟の時間を食っていることになるのか?

いつまでも根にもってるわけじゃないですが、なぜ?ですよ。いつ思い出しても謎な経験・・・・・。まあ、わけのわからない反応をいちいち考えてたら、やってられないんですけどね。








2017年4月20日木曜日

ファッション観


去年、映画を観ていたとき「やわらかくてやさしいものに包まれて生きていきたい」という声が自分のなかから湧いてきて、体をしめつけるようなもの、素材がいまひとつなものはこれからは買わない、ってなんとなく決めました。

その前からファッション観が変わってきているのはわかっていたんですけど、去年、ワードローブをぜんぶ新しくしたいくらいなにかが吹っ切れて、せっせと服を処分しておりました。おかげで、どの服はどこに出すといいとか、買取業数社それぞれの特徴を把握するまでになりました・・・・・。(やってみるとこれが、出すとこによって査定額がぜんぜんちがうのですよ!)





うまく言葉で説明しにくいことですが、10代、20代の延長でやってきたいろんなことが、これからはちょっと無理ですわ、ちがいますわって感じるメーターが満タンになって、たぶん、そこから踏み出す心境になっていたんでした。その状況を、すごく楽しんでいました。

そのときいろいろ思ったんですけど、コンサルティングに来てくださったみなさんのなかには、そういう大きな変化の壁にぶつかって受講しに来てくれた人もいたんじゃないかなあというか、そうだったのかと・・・・・。腹にすとんと落ちました。

年齢による体型の変化は大きなことではあるんですが、心の変化、つまり、どうなりたくなったのか?っていうことも、考えてみるべき大きなことじゃないですかね。はっきりじゃなくてもいい、どういうのがいいと思うのか?いやになったのか?

体型だけにフォーカスして、骨格診断を受ければ済む話だと思われるかもしれませんが(それで済んじゃう人もいるんだろうし、ご本人が納得していたらいいことなんですが・・・・・)、わたしは、そうでもないなあと思う。・・・・・ま、知ってるに越したことはないですが。

骨格と色彩の両方をやらせていただいていると、色彩のほうが、万能だな!自由だな!というのがわたくし個人の見方でございます・・・・・。写真はジャケットの裏地。

そして、最近よく聴いているルドヴィコ・エイナウディ♡









2017年4月19日水曜日

通学


この春から小学校へ電車通学する友人のお子ちゃんがいるんですけど、千葉の女の子の悲しい事件を見ていると、こんなあぶないなかひとりで電車通学って大丈夫なの?と思ってしまう。

近所のお子さんたちを見ていても、親つきで遊ばないといけないよなあ、でも働いていたらそんなことできないよなあ、家から出られないなあとか。たいへんな世の中です・・・・・。




「アメリカン・ビューティー」という映画のなかで、娘の同級生に惚れて、妄想と肉体改造に励む中年男(ケビン・スペイシーが演じてました)がいたんだけど、もうアメリカの話でも映画のなかの話でもないですね。

わたしが電車通学していたとき、こんなだったっけ?あのころも、おそろしいことととなり合わせだったんでしょうか・・・・・?

「これからの日本は子供にとってあまりいい将来はないから子供をつくろうと思わない」と、20年以上前に言っていた人のことを思い出すんだけど、ほんとうにそうなったんだろうか・・・・・。

ひとりで電車通学はあぶないと思う。となると、親が車で送っていくしかないんだけど。




それから、コンビニに手軽にエロ本を置いてるのやめましょ。30年くらい前、祖父母が暮らす地方の町の本やさんの外に、エロ本の自販機があったんですよ。だれもが通るストリートにですよ。あれもいま思うとおかしいと思う。なんであんなもんがあったんでしょう。当時の女の人たちは、どう思ってたんでしょうねえ・・・・・。

あの自販機が、コンビニに変わっていったんじゃないでしょうか。ああいう文化って、日本だけなんじゃないの。





2017年4月14日金曜日

電車に乗ろうとしたら




電車に乗ろうとしたら、うしろからなにかに押しのけられて、えっ?と思ったら全身が登山の装いのおじいさんが、ほかの人たちを押しのけてまっさきに乗車。空いてる席へ猛進してお座りになりました・・・・・。

お年寄りは座っていただいたらいいんだけど、なんだこの人は?と思ってしまうのは、ホームに並んでいたわれわれをうしろから勢いよく押しのけて我先に乗車していったことですかね・・・・・。

登山現場以外では、エネルギーを温存しておきたいから座りたいのか?登山用の杖がとなりに座ってる高校生にバチバチと当たってて、高校生気にしてるし、登山リュックからスマホを取り出して見てるの、若い子とおなじ絵になってるし。

それとも、登山のあれだけれどもじつは登山に行くんではないとか・・・・・。そんなことをしばらく考えてしまいました・・・・・。

ときどき、登山ウェアを着たご老人グループがいたら席をゆずるべきなのか?という話を耳にするんだけど、というのは、その人たちよりも疲れてる若者が車内にいるってことらしいですが、なんかそんな話を思い出しましたよ・・・・・。





電車に乗って座ったんだけども、となりのおばさんがちょっと離れたところに立っている旦那さんに手を伸ばしたりチラチラなにかやっておられて、なんだかあれも居づらくなってしまいますねえ。席を立って、ちょっと離れたところに移動して立つことにしました・・・・・。妊婦だったら、あのシチュエーションはちょっと複雑かも。

妊婦ですっていうのがわかるキーホルダーあるじゃないですか。あれ、いい面もあるんだろうけど、つけていることで複雑になる場合もあるよなあとか、妊婦じゃないけど考えてしまった。





2017年4月11日火曜日

母娘モンダイ


実家のベランダにチューリップがたくさん咲いていて、ほっこりお手伝いしてきたのも束の間。帰省から戻ってきた母と、ライン上でバトル勃発・・・・・。いやあ、なんなんざましょう。年々、母と性格が合わなくなってきていて、めんどうくさいですねえ。

ラインって、わたしは連絡ツールとしか思っていなくて(ひさしぶりの人と近況報告することはあるけど)、感情の表現をするとかいう使い方はしてないんですよ。会って話すのがいちばんだと思っているし。

ましてや自分のなかのネガティブな感情を、発生するたび手軽に文章化して人に送りつけたくない。そんなことをしても、当事者でもなんでもない人の時間を重たいものにしてしまうだけで、しかも、なんの解決にもならないからです。

でも、母にとってわたしとのラインは、愚痴や不満を吐露する唯一のものだそうで、だれがこれをしてくれないとか、どれほどたいへんな思いをしているか(犬がうんちをしないとかまで)、こっちが未読だろうがなんだろうが、いくつも送られてくるわけですよ・・・・・。

黙ってそれらの不満を浴びてりゃいいわと聴いていたんですけど、ときどき、わたしっておかあさんの感情のごみ箱で、おかあさんのネガティブな感情を一身に受けてできあがった人間だな、と思うことがあるんですね。ま、しかたない。長女ってとくにそうでしょう?





いたって普段モードで返したわたしの反応が、そのときの母には気に障ったようで、急にわたくしの人間性についてお叱りのメッセージがきてびっくり。なにこれ、そこまで言われることなのか・・・・・?

母には母のストーリーがあってそういうことを言いたいんだ、といつもは思うことにしており、当たり障りのない反応をしておいて黙っているんですが、なんだかひさしぶりに気がおさまらなくなって、思うことを送り返してみたら、案の定、母はさらにヒートアップしたんでございます・・・・・。

ああ、なんなんざましょう。「毒子」「馬鹿」「愚か」「えらそう」「やさしくない」だの、わたしに向けられた言葉。母にはそう見えるんですから、そう思っていただいてけっこうとしか言いようがないですよね。ホホホ・・・・・。

結婚して引っ越してからはさらに、どこかわたくしを妬んでいる様子・・・・・。夫との平和な生活情報を与えてしまうとかならずいやみを聴かされてしまうので、わたくしからはあんまり話さなくなりました・・・・・。たぶん、自分だけ取り残された感じているのか?と思うんですが、子の幸せを純粋に喜ぶ親ばかりではないのだなあと、なんとなく知りました・・・・・はい。





それにしても、いつも母の理想どおりの受け答えをして、母とおなじ経験や感情をいっしょに味わえってことなんでしょうか?

どんなときも心地よくフィットするマルチなクッションのように、子は親を受け止めないといけないんでしょうか。協力できることはしているつもりなんだけど、そういうことは協力とはまったくべつの話だと思うんですけどねえ・・・・・。

淡々と、そういう人もいるんだな~そういうときもあるよな~と流していただければ炎上しないで済むのに・・・・・。日々刺激(不満のたね)が多いと、そりゃしんどくもなりますわ・・・・・。あえて平和を許さず、なんだか自分から不満をみつけにいってるようにも見えてしまうのです、思考回路のちがうわたしからしてみれば。で、わたしの思考回路が気に入らないわけです母は。相容れないわたくしたち・・・・・。

結局、自分の問題じゃないですかねえ・・・・・。自分を幸せにするのは、結婚していても、自分だと思う。母には、自分の世界を持って、自分を大事にしてほしいですね。わたしのことは、どこかよその星にでも行ったくらいに思っておいてほしいです・・・・・。はははは・・・・・。






2017年4月4日火曜日

つぼみの姿も可愛らしい


一眼レフ持って、スニーカーはいて、1万歩超えで歩いてきました。なんか久しぶりに夫婦で落ち着いたふつうの休日を過ごせた気分でした。お互いの実家の介入がいつもより少なく。おだやかー♡





ここ1か月で、3回田舎に帰っていた夫。義理両親とともに。わたしも一度、見守り要員として行っておりました。子供じゃないんだから見守りなんて要らなくない?と思ってしまうのですが、義理両親および親族の行事については、たとえできることがないとしても、そこにいることが重要なんだそう・・・・・。

それにしても、えらいです夫。雪の影響で傷んだ家と庭のメンテナンスを、せっせとやっている。そこに住んでないんだし、業者にたのむんじゃないんですか?と思ってしまうのですが、田舎ではみなさん自分たちでやるのだそう。子供のころからそういう感覚で育てられたのか・・・・・そりゃたくましくなるわ!

たしかに自分たちが動けば業者よりお金もかからなさそうですが、夫たちの帰省は、ただ家を直すだけではないというか、周辺との絶やさぬコミュニケーションも田舎での重要なミッションのように思われます。めんどくさーとか放棄しちゃったりしないところがすごい。というか、いまどきめずらしいよね・・・・・?

都会に暮らしながら田舎の家を守るってたいへんだ。

やさい、おみやげなど、義理両親からものをもらうことも絶え間ないです。食べものは嬉しいから感謝♡そんな異文化に身を置いていると、都会に体はありながら、物々交換で暮らしている村感覚にしょっちゅう襲われます。





1本だけ、満開の桜の木があります。赤い葉っぱ。歩いてよくわかったのですが、日当たりでぜんぜん具合がちがいますね。

この写真(↓)のなかに、鳥がいます。さあどこでしょう?








2017年4月3日月曜日

だいたいいま折り返し地点


犬の病院へ、保険の払い戻しや薬をもらいに行ったときのこと。せまい待合室に大きな犬が2匹来ていました。どちらも立ったらおとなの人間の背丈くらいありそうです。

1匹は犬種はわからないけれど、全身で荒くて速い息をしており、口からよだれのようなものを待合室のそこらじゅうの床に垂らしていました。

会計を済ませた飼い主とともに出て行くとき、ブルブルッ!っと全身をふるって、よだれだかなんだかわからない水を待合室全体に飛び散らせ、犬は去っていきました・・・・・。

ゲッ!と固まるワタクシ。家でどうしてるんだろう。いちいち床を拭いているんだろうか?でもキリがないよな・・・・・?

もう1匹はゴールデンレトリバーで、肌に炎症がいくつもあり、ひどいところは血が出て組織が見えておりました。

ああ、いつも以上の動物臭。どちらもきっと老犬。犬だって老いていくし、家族同然、人間同然。老後の世話がたいへんなのは、人だけではないですね。


ヌクヌクしてます。



7歳のうちの犬も、あと何年生きるかわからないですけど、がんばってもう7年くらい生きるとして、だいたいいま折り返し地点。

わたしもふつうに生きていれば、だいたいいま折り返し地点。




2017年3月23日木曜日

寒がり?床暖房つける春


祖父母の介護の関係で実家の犬をうちであずかるようになったのですが、犬のいる生活リズムに乗ってきたころに帰っていくので、いつもちょっとさみしいです。

1日2回、毎日散歩していると犬を通じてご近所の知り合いもでき、会話したり。犬の名前は覚えているけれど、飼い主さんの名前は知りません。つまりどのかたも、○○ちゃんの飼い主という、、、ママ友ってこんなかんじかあ、いやちょっとちがうよな。うちに遊びにおいでー、とかはないから犬のほうが気がラクなのだろう。


床暖房+カーペット
























真冬ではないし、人間だけで暮らしていたら暖房は要らないかんじだったのですが、滞在4日目の朝、急に震えだした犬。あれこれ推察していろいろ試みたのですが、止まらない震え。さすがにこれは、どこか痛いんではないか・・・・・?

夜、母に連絡してみると、病院につれてってよと。夕飯の支度を中断し(夫、すまん)、いまから間に合う病院に急いで駆け込みました。前にトリミングに行ったときに、病院をいくつか教えていただいていたのですぐ選べました。夜だったので時間的に間に合わないところもあり焦りましたけど。。。

熱やおなかの不調などで翌日から薬を飲み始めましたけど、同時に床暖房に切り替えたので、結局のところ寒かったのかなあ。エアコンは上のほうだけあたたまるので犬には無意味だったかと。

床暖房なしのカーペットのうえに寝ころんで犬目線になってみました。たしかにひんやり・・・・・すまん。と思いました。体重3キログラム台の子に、なにをケチケチしていたのでしょう。

そのようなわけで、いつも以上に犬の体調を気遣っていたため「元気ですかーーー!」と声をかけるようになり、ついでに、いち・に・さん・だーーー!を教えていたのでした。





2017年3月21日火曜日

マイ・レボリューション


以前、あのころはキラキラした時代だったというような旨の記事を投稿したのですが、いまにはいまの幸せがあるなあと思うのでした。当時に戻りたいとかは、ない。幸せってなんなのでしょうね。

引っ越しを機に環境が変わって、いままで経験したことのない状況に適応していく自分になっていって、いやだったり部活のようにハードなときもあるけれども、「なんかできた?自分」と新たな自分に出会ったような経験もたびたびありました。

というようにまわりに影響されて変わってきたので、自分は芯のない人なのかもなあと思います。ソフトだけど芯がある。とよくむかしから言われていたけれど、ぜんぜんないやん。といまは思う。けれど、それも処世術なのかなと思いますよ。

自我を通すってしんどいこともあるし、そんなに自分を通したいと思わなくなったし、どうでもいいと思うことも増えました。キラキラしていないといけないとか、友達が多いのがいいとか、そういうのも思わない。どちらかというと、逆のことに興味があります。

世の中がなんとなく示している、良いとされる女性像に自分もしばられているところがあるし、けれどそうあることがかならずしも幸せではなかったんだよなあということもわかってきました。







某番組で、株主優待だけで生活しているかたのコーナーがあって必ず流れるBGMが渡辺美里の「マイレボリューション」で、なんでこの曲?とずっと思っていたのです。

つい先週もそんなことを思っていたら、なぜか曲の良さにあらためて感じ入ってしまい、頭から離れなくなり連日ユーチューブで再生していました。小室さん作曲。やばい、、、クオリティ高い。この曲だけでなく、むかしの歌詞にはなんか、夢がありますね。





2017年3月15日水曜日

「西の魔女が死んだ」と暮らし


国会中継をときどき見るのですが、たまたまなのか、わたしが見るときは稲田さんが質問(尋問?)攻めされていて、ちょっと涙目になっている?というときが何回かありました。

けれど最近目にしたときは、ちょっとキレている?というかんじだったので、相当心外なのだろうなと思っていたら、翌日謝罪したというニュース。問い詰められたことに対してきっぱりそれは虚偽であると前日答えていたのに。どこまでがほんとうなのだろう?

大越キャスターの「激動の世界をゆく」というドキュメンタリーシリーズ、先日はオランダでした。アメリカやヨーロッパが変わりつつあって、背景にどんなことがあるのか、
そこで暮らす人々はどんなことを思っているのか、興味があるのでその系統の番組は見ています。







グローバル化しずぎて世界がおかしくなっている。
グローバル化しすぎてアメリカ、ヨーロッパ、世界が内向きになっている。
グローバル化しすぎたその揺り戻しが起きている。

といわれているけれど、1994年に書かれたこの本のなかにでてくる「おばあちゃん」の暮らしは、人の暮らしの基本そのもの。それを古いとか、のろいとかムダとかいって進歩してきて、揺り戻されようという動きがあるいま読むというめぐりあわせ。

スローライフをする人たちとそうでない人たちに分かれつつある流れも、世界の動きと関係なくないんではないか。



   


梨木果歩さん、かわいい名前だから最近の若い作家さんかと思って最後まで読んでいました。。。

94年だったら知っていてもおかしくないのになぜ知らなかったんでしょう?魔女の宅急便は好きだったのに・・・・・





2017年3月3日金曜日

友人のひとことに衝撃


むかしの自分のブログを開いて、あまりにもだれか別人のようにがんばって考えや思いを書いていたことを知ってビックリしました。

若い。青い。キラキラしている。。。あのようなブログはもう自分には書けないだろうって思いました。

そのブログを通じてほんとうにいろいろな方々に出会い、仕事をさせていただき、ひとりで仕事をしていくのは大変でしたけど、いま思うととてもキラキラした良い時代でした。

スマホもまだなかったですし、SNSもミクシィくらい。ブログに思いを込めて届けることがすべてだったのですよ!

独身だったのでおおむね自分のことだけ考えていればよかったですし。

「ザッカー―バーグ」の画像検索結果
ザッカ―バーグなんてまだ知らなかった。








自分のペースで過ごせるというのは濃密贅沢ですね。子供のいないわたしが言うなって感じですが、、、子育てとフルタイム勤務を両立している友人知人にはほんとうに頭がさがります。。。

そういうわたしもいろいろなぜか毎週のようにあり、先週は義理の実家のまた実家である田舎にて、雪が舞うなか屋外にて親族のみなさんが作業されるのを立って見守るというお役目を果たしてきました。

そんな寒さに放り出されたの生まれてはじめて。2時間半が限界でした。

もうムリッス!と叫ぶ前に筋トレを始め、自らに熱を生み出そうと努力したワタクシ・・・・・部活みたいでしょう?日々つよくなっていく自分を感じています。

「katy perry roar」の画像検索結果
ケイティ・ペリーのPVより。








環境が変われば人は変わるもんですね。ここ数年は自分も別人のようになってきている感じがあるし、諸行無常というか、そういうもんだよと受け流していくふうな体をとって生きようとしていたところ、

15年ぶり(!)に会った友人が、「でもこうして会うと変わってないって思うやん?」という一言を投げかけてきたのでした。

すごくサラッといわれた一言だったけれど、その後しばらく考えているとなんだか日に日に、じわじわと心にのしかかってきて、しまいに衝撃受けて(←おそい)。そしてちょっと救われたような気もしました。

いまを生きることは大事だけれど、しがらみやしきたりから遠かったころの自分をいまのわたしのなかにも見てくれたらしいことは、嬉しいとかを超えてショッキングともいえるできごとでした。

言葉にしないとわからないですよね。思われているだけではわたしのぬるい脳ミソはわからなかったと思います。

友人が当時からそういう核心めいたことを簡潔に放っていたのかはぜんぜん記憶になく、ただオトナになったからか、あるいはわたしがそういう一面を見る力が当時なかったのであろう。。。長い年月をおいて、わかりかけてきました。

口数は少ないのにいろいろと核心を突いた言葉を繰り出していた友。あらためて興味深い。


 :


16年ぶりに友人と再会していく話。読んでいたころ主人公とおなじ歳で、なぜかわたしも再会が舞い込む。いろいろかぶっていてフシギ。。。









2017年2月23日木曜日

超高齢者たちとの予想外だらけの日


日帰り出張のサラリーマンのごとく早朝の新幹線に乗って、

さらに1時間ほどバスに乗って、祖父母の家にときどきひとりで行くのですが、

病院に連れて行ったり1日をいっしょに過ごしていると、じつにいろんなことが起きます。

仲はいい。お互い尊重もしていると思う。

けれど祖母は認知症、祖父は耳が遠くて会話が成立しない、、(補聴器をつけていてもなぜか)

祖父にいっしょうけんめい伝えていたら、祖母には聴こえすぎている。

祖母の幻視(認知症の症状のひとつで、そこにいないものが見えるなど)に、祖父がうんざりして精神的に追い詰められている。

近所に出かけた祖父が帰ってこないので探しに行くと、固まってて動けなくなっていた。

それをあとからゆっくりついてきた祖母も手伝って支えながら連れて帰ったり。

10分おきに「あれは○○だったかなあ?」と似たようなことを祖母に聞かれるも、

毎回ちょっとずつ○○のところがちがっているから、わたしはそういうことにしておいたり、しなかったり。笑

家で自分たちで暮らしたい

ヘルパーは要りません

デイサービスはわたしには必要ありません、などなど

本人たちの希望なのだけれども、いやいや、超高齢者ですよ。ふたりとも。

今年に入って祖父の足取りは乳幼児のつたい歩きのごとく。

ふたりだからがんばって支え合って暮らせているけれども、

ふたりだから相手にイライラすることもあり、修羅場もあり。それを目撃するワタクシ。

ああ〜毎日こんな繰り返し、しているんだろうな

もうそんなにがんばらなくていいのに。

ここまでふたりだけで暮らしてきたこと、立派。そう思いますよ。


祖母の本棚






2017年2月16日木曜日

春の準備とボードレール


いまの時期、よく眠れるとか眠たくなる、

ずっと寝ていられる人、いますか?

植物が春の準備をしている=成長しているとき、

人も成長する時期らしいですよ。

目に見えて大きくなったりはしないですけど。

だからよく眠ったほうがいいみたいです。

サクラ。



読み始めた本に、おもしろいことが書いてありました。

詩人で批評家だったボードレールは「進歩」について、

「現代のうぬぼれの腐った土壌の上に花開いたこのグロテスクな理念」

「地獄を恐れるかのように警戒している」

と語ったのだそう。

なるほどねえ、そんな見方。

ちょっとニヤリとしてしまった箇所でした。





2017年2月10日金曜日

バレンタイン たねや


雪がちらついていてすごく寒いなか、3年ぶりにある友人と会いました。

彼女はお子さん中心の生活を、その成長に合わせて忙しかったり、

いろいろ変わっていってるのだなあと、あらためて知りました。

こちらも義母の退院祝い、義父の誕生日祝い、バレンタインといろいろあります。

お祝いをやる旨が前日にご本人たちから知らされたり、

もしもわたしに予定が入っていたらどうなるんだろう

行けませんなんてありえない話なわけで、いることが決定されているわけで、、

予想外のことが急にくることだらけの日々で、「予想外」が通されることに疲れるんですけれど、

これでもだいぶつよくなったと思います。。

余計なエネルギーを使わないためには、波たてず皆さんの流れに乗る。

友人は義理の両親との接触は盆正月のみらしいですが、

わたしは少なくとも週一はあるので、なんだか話せる題材もそのあたりの人のことしかなく、

つまらない人やんわたし。と感じた次第、、やばいですわ。

なんかもう人と話すのがこわい、つまらなすぎて。

友人に申し訳なかったなあ、誘ってくれたのに。

いやあ、、いつからこんなことになったのか

わたし、こんなじゃなかったのにな

いまはそういう時期なんでしょうか。。

たねやさんの「ちょこ大福」(写真)

パッケージがシンプル。

つぶあんにチョコレートがまざっており、

ココアパウダーをふりかけていただきます。

賞味期限は翌日。

義理両親妹へのバレンタインには、日持ちのする「ちょこまん」のほうを購入。

うめだ阪急のチョコレート博覧会も見てきたのですが、

いっぱいありすぎて、わけわかんなくなってなにも購入せず去りました。